ランス・モンペリエに拠点を置くインディースタジオ、Sandfall Interactiveが手がけた『Clair Obscur: Expedition 33』は、2025年4月24日にPlayStation 5、Xbox Series X|S、PC(Steam、Epic Games Store)向けにリリースされたRPG作品だ。開発に使用されたのはUnreal Engine 5。その描画力を最大限に活かし、プレイヤーをフランスのベル・エポック時代を彷彿とさせる幻想的かつ重厚な世界へと引き込んでくる。

本作を一言で表すならば、伝統的なJRPGの文法と、リアルタイムアクションのダイナミズムを融合させた“新たなRPG体験”ということになるだろう。プレイヤーは、「33歳以上の人々が毎年消えていく世界」という独自の設定のもと、第33遠征隊の隊長として、この終焉に抗う旅へと出る。消滅を命じる存在「ペイントレス」を倒すため、大陸へと向かうその過程には、手に汗握る戦闘、心に残る人間ドラマ、そして繊細で詩的なビジュアル体験が待ち受けている。
開発者のGuillaume Brocheは、Ubisoft時代の経験を活かしつつ、『ファイナルファンタジー』シリーズへの深いリスペクトを込めて本作を設計したという。コロナ禍という制約の中から始まったこのプロジェクトは、当初はわずかな仲間とともに制作されたデモ版に過ぎなかった。しかし、その出来が高く評価されたことにより、資金調達と人材拡充が一気に進み、最終的にはプロの声優陣や作曲家を迎え入れた約80人規模のチームへと成長していった。
発売後の反響も圧巻だった。Metacriticのユーザースコアは9.7という異例の高評価を記録し、国内外のメディアからも絶賛が相次いだ。発売からわずか1か月で330万本という売上を叩き出した背景には、単にバトルシステムの革新性やグラフィックの美しさがあるだけではない。そこにあるのは、「寿命を奪われる世界で、それでも未来へ進もうとする人々」の姿に深く共感する感情体験そのものだ。
独自の世界観とストーリー構造
『Clair Obscur: Expedition 33』の魅力を語る上で、欠かせないのがその世界観と物語構造だ。この作品が描くのは、19世紀末から20世紀初頭にかけてのフランス、いわゆる“ベル・エポック時代”を基盤にしつつ、ダークファンタジーとして昇華された幻想世界である。精巧に描き込まれた都市と自然、重厚な装飾と繊細な色使い、そして仄暗く漂う不穏な空気感。まさに“美と不穏”が共存する空間として、ゲーム世界は成立している。

そんな世界を支配しているのが、「ゴマージュ」と呼ばれる現象だ。毎年一度、「ペイントレス(Paintress)」という存在が“数字”を描くと、その年齢以上の人間が一斉に煙となって消えていく。この残酷なルールは例外なく発動し、寿命は年を追うごとに短くなる一方。人類の未来が文字通り数字で削られていくという発想は、非常に詩的でありながら、プレイヤーに鋭い死生観を突きつけてくる。
物語の舞台は、孤立した島“ルミエール”だ。ここでは毎年、ペイントレスを倒すために「遠征隊(Expedition)」が結成され、命を賭して大陸へと旅立っていく。本作の主人公・ギュスターヴが率いるのは、33歳という制限下で集められた「第33遠征隊」。彼自身も残りわずかな時間を自覚しながら、この終わりの連鎖に抗う決意を固めている。
だが、物語は単なる“世界の危機を救う英雄譚”にはとどまらない。ペイントレスの存在がなぜ生まれたのか。そして、なぜ年齢という概念が選ばれ、消失が起きるのか。物語を進める中で、プレイヤーは「デッサンドル家」の因縁や、「キュレイトレス(Curatress)」というもう一つの存在を通して、世界の根幹にある真実に触れることになる。この構成が見事に練られていて、単なる展開の驚きではなく、“納得の深み”がプレイヤーの感情を揺さぶってくる。
そして何より特筆すべきは、登場人物たち一人ひとりが「死と向き合いながらも、何を遺そうとするか」という内的テーマを抱えていることだ。それぞれが人生の限界を知ったうえで、それでも何を信じ、何を託し、どんな選択をしていくのか。そうした人間のドラマが、ダークな設定の中で温かな余韻を残していくのだ。
革新的なゲームシステム
『Clair Obscur: Expedition 33』がここまで高い評価を集めている理由には、やはりその“戦闘システムの革新性”があると思う。これまでのRPGにおいて、ターン制とリアルタイムアクションを融合させたタイトルは存在していた。しかし、本作ほど自然なかたちで両者を共存させた作品は、ほとんど記憶に残っていない。
基本的にはターン制をベースに構成されていて、プレイヤーは各ターンごとにアイテムの使用や、近接攻撃、あるいはアビリティポイントを使った遠距離攻撃やスキルを選択する。その意味では、オーソドックスなJRPGに近い印象を持つかもしれない。だが、実際に操作を始めると、その枠をあっさりと飛び越えてくる。
戦闘中、敵の攻撃に対してプレイヤーは“アクティブディメンション”という領域を開き、リアルタイムで回避やパリィ、ジャンプなどのアクションを直接操作できる。単なるカットイン的演出ではない。本当に自分の指の動きひとつで戦況が変わってしまうのだ。この瞬発力を求められる操作感が、従来のRPGとは一線を画している部分だと思う。

さらに、遠距離攻撃には「フリーエイムシステム」が導入されており、敵の弱点をマニュアルで狙うことができる。決まったスキルを発動するだけで終わらせず、自らの判断と精度によって与えるダメージが変化する。まさに“プレイヤーの腕が試される”設計だと感じた。
加えて、各キャラクターには固有のメカニクスが用意されている。たとえば少女マエルは「スタンスシステム」という独自仕様を持っていて、前ターンの行動に応じて構えが変化し、スキルの効果もそれに応じて変わる。この仕組みがあることで、単純な“スキル連打”ではなく、各ターンの行動を戦略的に組み立てる楽しさが一気に広がってくる。
難易度についても抜かりはない。標準モードにあたる「Expedition mode」は開発者が意図したバランスに調整されていて、それなりの歯ごたえがある。ただし、アップデートによってプレイヤーの声も反映されており、たとえばパリィや回避の時間枠が拡大されたり、ボス戦の再戦機能が追加されたりと、継続的にゲーム体験の質が改善されている。この“成長し続けるゲーム”という印象もまた、本作の強みのひとつだと感じられる。
魅力的なキャラクターたち
どれだけ美しい世界観や独創的な戦闘システムがあっても、登場するキャラクターたちに魅力がなければ、物語としては成立しない。『Clair Obscur: Expedition 33』が真に優れた作品として語られる理由のひとつは、まさにこの「人物描写の深み」にあると思う。
本作の主人公は、ルミエールの技術者であり第33遠征隊のリーダーを務めるギュスターヴ。彼は、日々の暮らしの中で農業や都市の防衛に心血を注いできた人物で、強さよりも“責任”で物語を引っ張っていくタイプの主人公だ。寿命が尽きかけている自分の最後の年を、後の世代のために捧げる。その静かな覚悟が、序盤からプレイヤーの心にしっかりと刺さってくる。

そのギュスターヴに引き取られたのが、マエルという16歳の少女。彼女は3歳のときに孤児となり、以来ずっとギュスターヴとともに生きてきた。年齢的には遠征隊の中で最も若く、経験も浅い。けれども、その未熟さと真っ直ぐさが、戦いの中で確かな成長を見せていく。マエルのスタンスは、単なる“少女キャラ”の枠を超えていて、彼女自身の選択や痛みが物語に深みを与えている。

さらに、リューンというキャラクターも強烈な存在感を放っていた。彼女は著名な研究者の娘であり、幼少期から知識への渇望に突き動かされてきた人物だ。そのために家族との時間を犠牲にし、自分の信念を貫いてきた背景がある。そんな彼女が、遠征隊という集団の中でどう変わっていくのか。人間関係の機微が静かに描かれていくあたりも、この作品の見どころと言えると思う。
そしてもう一人、忘れてはならないのがシエルだ。彼はもともと農家だったが、現在は教師として人々に知識を教えている。常に柔らかな物腰で接し、遠征隊の中でも癒しのような存在になっているのだけれど、その笑顔の奥には消えない過去の傷がある。その内面に気づいたとき、プレイヤーはきっと彼というキャラクターをただのサブメンバーとしては見られなくなるはずだ。
さらに物語を進めると、モノコという異種族のキャラクターも仲間に加わる。彼は人間の言語を話す数少ない“ゲストラル”で、戦闘をまるで芸術か禅のように捉えている。暴力性とは対極にある精神性を持ちながら、敵と対峙する姿には不思議な威厳が宿っていて、プレイヤーに強い印象を残していく。
それぞれのキャラクターには明確な過去と目的があり、誰ひとりとして“ただの戦力”として描かれていない。そのことが、戦闘における緊張感にも繋がっているし、物語の感情的な深さにも直結している。彼らと過ごす時間そのものが、このゲームをプレイする最大の意義なのかもしれないと、ふと感じさせられる瞬間が何度も訪れる。
音楽と文化的インパクト
『Clair Obscur: Expedition 33』の世界に一歩足を踏み入れた瞬間、その印象を決定づけるのは視覚だけではなかった。耳に触れた音楽が、驚くほど豊かで繊細で、どこか懐かしく、しかし新しい空気をまとっていることに、すぐ気づかされる。視覚と聴覚が同時に調和して、このゲームが描こうとしている“もう一つのフランス”を立ち上げてくる。その重層的な体験が、ただのゲーム音楽という枠を超えて心に残るのだと思う。
作曲を手がけたのは、Lorien Testardという無名のアーティスト。もともとはSoundCloudで楽曲を発表していた彼の存在を、開発チームが偶然見つけたことがきっかけだったという。そこから起用に至り、彼がこの作品の音楽的世界観を構築することになったわけだが、その選択は結果的に大正解だったと感じざるを得ない。というのも、彼が生み出すサウンドは、ベル・エポック時代の香りを感じさせながらも、どこか現代的な感性で洗練されていて、極めて個性的なのだ。
中でも、アコーディオンを大胆に使った「Mime Battle Music」には唸らされた。フランスらしさを前面に出しながらも、戦闘という緊張感ある場面にしっかりとフィットしていて、どこまでもドラマチック。単に“雰囲気づくり”としてのBGMではなく、キャラクターの内面や、戦う意味までも音で語りかけてくるような構成になっている。その音の力が、物語全体に奥行きを持たせているという印象を強く受けた。
このサウンドトラックは、発売後まもなくBillboardのクラシック音楽チャートおよびクラシッククロスオーバー部門で1位を獲得するという快挙を成し遂げている。単なる“ゲームの付属物”としての音楽ではなく、ひとつの芸術作品として評価された結果と言えるだろう。そして、こうした評価がゲーム本体への注目度をさらに押し上げ、文化的な影響力を拡大していく循環を生んでいる。
実際、フランスの文化大臣がこのゲームの成功を公に祝福し、「フランスの創造性を象徴する作品」と称えたことは記憶に新しい。また、開発拠点であるモンペリエ市の市長も「国際的なビデオゲーム史における新たな参照点になる」とまで発言しており、ローカルからグローバルへの波及力を感じさせる発信が、すでに始まっている。
ここまで語ってきたように、『Clair Obscur: Expedition 33』は単なるゲーム作品ではない。音楽、文化、歴史、そして物語が一体となって世界観を形作り、その完成度の高さによって社会的な評価まで得た“総合芸術”だということが、ここからもはっきりと伝わってくるはずだ。
ユーザー・批評家の圧倒的高評価
『Clair Obscur: Expedition 33』という名前を聞いたとき、それがどれほどの注目作なのかをすぐに実感するのは難しいかもしれない。けれども、リリース後に飛び交ったレビューやユーザーの声に目を通していくうちに、この作品が“事件”と呼べるほどの反響を巻き起こしていることに気づかされる。実際、評価の高さは数字としても明確に示されており、それがまたこのゲームの完成度を裏付けている。

Metacriticでは、PC版が91点、PS5版が93点、Xbox Series X|S版も91点と、三機種すべてで90点台の高スコアを記録している。さらに注目すべきはユーザースコアのほうで、PC版では9.8点、コンソール版でも9.7点と、数千件を超えるレビューの中でこのスコアが維持されているという事実がある。これはもはや“人気作”ではなく、“伝説級”の扱いだといっても言いすぎではない。
ユーザーから寄せられたレビューの中には、戦闘の緊張感や物語の深み、そしてグラフィックの美しさを絶賛する声が多く見られる。「久々に自分の人生を削ってでも遊びたいと思ったRPG」「死というテーマに真正面から向き合っていて、言葉にならない余韻が残った」といったコメントは、ただ面白いという評価を超えて、作品そのものに敬意を抱いていることが伝わってくる。
一方、批評家の側からも、この作品に対する評価は極めて高かった。英Edge誌が10/10の満点を付けたのを筆頭に、多くのレビューサイトが“革新性”と“完成度”の両面を称賛している。特に取り上げられていたのが、戦闘システムの独自性と、シームレスに語られるドラマのバランス感覚。アクション要素を含みながらも、それを“重さ”として扱わず、むしろ感情の流れの一部として機能させている構成が絶賛されていた。
そして、そうした評価が売上にもつながっている。2025年5月末時点での累計販売本数は330万本を突破しており、インディースタジオが手がけたRPGとしては異例の記録を打ち立てた。これは純粋なファンベースの広がりによって生まれた結果であり、広告ではなく“語られるべき作品”として自然に拡散していった証でもある。
その広がり方を見ていて感じるのは、“共感”がこのゲームの中核にあるということだと思う。人が死に、記憶が失われていく中で、それでも何かを残そうとする人々の姿に、誰しもが心を揺さぶられてしまう。そして、その揺れを一度味わってしまった人たちが、自分の言葉でこの作品を語りたくなる。それがまた、新しいプレイヤーを連れてくるという循環を生んでいる。
今後の展開と期待されるDLC・映画化
『Clair Obscur: Expedition 33』は、すでに完成度の高い一本の物語として評価されている。しかし、それで終わりではない。この作品は、いまもなお進化し続けていて、今後の展開に対する期待も非常に大きい。なかでも、DLCの存在や実写映画化の発表は、多くのファンにとって心を躍らせる材料になっている。
まずDLCに関してだが、現時点では開発元であるSandfall Interactiveから明確な方針が発表されたわけではない。ただし、いくつかのメディアによる報道では、「当初から追加コンテンツの構想があった」という話が出ており、可能性は十分にあると言える。一方で、開発チームが「まずはベースゲームを完璧なものに仕上げたい」と語っていたこともあり、短期的にはDLCよりも、既存体験の磨き込みが優先されているようだ。
それでも、プレイヤーのあいだでは「過去の遠征隊を描くDLCが出てほしい」「キュレイトレスの視点から物語を深掘りしたスピンオフを体験してみたい」といった具体的な願望も上がっていて、その声の多さが新たな物語を生む原動力になる可能性は十分にあると思う。また、Game PassのUltimate Editionには追加コンテンツパックが含まれており、それが将来的な拡張への伏線ではないかという見方もある。
さらに注目したいのが、2025年1月に発表された実写映画化のプロジェクトだ。アクション映画の脚本制作などで知られるStory Kitchenが中心となり、開発スタジオと共同で映像化を進めているという。ゲームの持つテーマ性や映像美、そして登場人物たちの人間味を考えると、映像作品との親和性は非常に高いと感じる。もちろん、ゲームと映画では表現の質も方向性も異なるわけだが、『Clair Obscur』が持つ“語られるべき物語”の力があれば、別メディアでも輝きを放つ可能性は十分にある。
こうした展開が次々と発表されていくなかで、この作品が単なる“ヒット作”で終わるわけではないということが、次第に明らかになってきている。これは、時代と共に語り継がれていく類のタイトルであり、今後数年、いや十年単位でプレイヤーの記憶に残り続ける存在になるのではないかと感じている。
ここまで、『Clair Obscur: Expedition 33』という作品の魅力を、世界観、システム、キャラクター、音楽、そして評価や今後の展望まで含めて丁寧に見てきた。このゲームは、ジャンルとしての“RPG”の定義をもう一段階押し広げたタイトルであると同時に、プレイヤーの心に長く残る感情的な旅でもあったと思う。
決して派手な演出だけで勝負しているわけではない。それぞれの要素が緻密に編み込まれ、息を呑むような世界観の中で、静かに、でも確かに“人の生と死”に触れさせてくる。その体験の深さに、プレイ後も何度も思い返してしまう。そういうゲームには、そうそう出会えるものではない。
今後の展開を待ちながら、すでに訪れた旅の記憶を胸にしまいこんでおきたい。
それが、あの世界で生きたキャラクターたちへの、何よりの敬意になるような気がしている。